尊敬する人

2018年01月21日

 

「日本人で尊敬する人は誰か?」ときかれたら、わたしは迷わず串田孫一さんの名前を挙げる。

中学1年生の時に、担任の遠藤直哉先生が黒板と天井の間に「わたしたちの願い」という詩を横に長い模造紙に書いて貼ってくれていた。これは後に串田孫一さんの『雲のひとりごと』という本の最初に出てくる詩だということを知った。

高校生になって山岳部に入り、山に登るようになってからは、串田孫一さんの著作を愛読した。知性、行動力、感性のバランスが取れた理想の人だった。

それからずいぶんの時が流れ、拙著『人間という症候』を串田孫一さんに献本した時、ご本人から直筆の手紙をいただいた。そこには「クジラとイルカの心理学」の章でわたしが書いた「息を止めることと欲動の断念との関係」について串田さんなりの文章を書いたのでそれを本に載せても良いかと書かれていた。そのお申し出に涙が出るほど嬉しくてすぐにご返事を書いた。

それから少し経って、串田さんは『命を削る鉋(かんな)』というタイトルの単行本を上梓された。「命を削る鉋」というのは「ため息」のことだ。なんとわたしの文章からインスピレーションを得て書かれたエッセイのタイトルがそのまま単行本のタイトルになっていた。

当時まだ30代のわたしのような若造にも手書きの丁寧な文章で掲載の許可について尋ねてくださった串田孫一さんの偉大さに感動で心が震えた。中1の時に黒板の上に描かれた串田孫一さんの文章を諳んじていた自分に、今やご本人が手紙を書いてくださったのだ。

拝読すると、エッセイのなかにはわたしの名前もあった。お送りいただいたご著書には、再び丁寧な手紙が添えられていた。わたしはそれを読んで嬉しくて泣いた。

その後、この感動をなんとか著書の形にして串田孫一さんに恩返しをしなければ、とずっと気にかけながらも日々の雑用に明け暮れていた。

それから時が流れ、ユーロクリニークを立ち上げて3年目の夏、2005年7月に串田孫一さんの悲しい訃報に接することになった。「何もできなかった」という悔しい思いが一気に沸き上がってきて涙が溢れた。

そして最近、再び山への想いが再燃している。串田孫一さんがわたしのなかに残してくれた大切な遺産だ。

思えば、わたしがケニア山の登頂に成功し、ヒマラヤの山中に1ヶ月以上も籠ることができたのも、ひとえに大自然の素晴らしさを教えてくれた串田孫一さんのお陰だ。

そういった一連の思い出を反芻しながら、いつかは串田孫一さんのような人間になりたい、と今更のように心に誓う自分が今ここにいるのを再確認している。


 


串田孫一

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