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仏アリオン社訪問記

(2003年2月18日・ ユーロクリニーク院長 藤田博史 記)

 「仏アリオン社CMCジェルバッグの危険性および仏ユーロシリコン社の一部製品の回収について」の項で紹介した「日本美容外科学会」のホームページに掲載されているをみてもわかるように、日本におけるフランス・アリオン社 Laboratoires Arion の乳房インプラント Implant mammaire についての情報はきわめて不十分である。そこでわたし(藤田)自身が南フランスのアリオン社を訪れて製品の販売責任者であるゼドン氏 M.Zedong に直接話を聞いてみることにした。

アリオン社入り口にて、販売最高責任者ゼドン氏と藤田

 アリオン社の社屋および工場は、映画祭でも有名な街カンヌから北へ7kmほどいったところにある広大な研究都市「ソフィア・アンチポリス Sophia-Antipolis 」の西端に位置する。アリオン社は乳房インプラントのみを生産する小さな会社で従業員は事務員と作業員を合わせても全員で25名である。

 さて、前もって連絡を入れておいた時間に本社を訪ねると、販売責任者であるゼドン氏が微笑みながら出迎えてくれた。本社のすぐ隣にある白い建物が工場とのことで、まず工場の中を案内してもらうことになった。工場の中はすべて写真撮影禁止で、内部の写真を撮ることはできなかった。

 工場のなかに入るには使い捨ての真っ白な靴底カバーを履き、同じく使い捨てのガウンと帽子をかぶらなければならない。さらに清潔エリアに入る時にもう一度新しい靴底カバーを重ね履きする。内部は殺菌灯のような臭いのする空調の作動音がブーンとうなりをあげていた。つまり工場内は「無菌室」仕様になっているのだ。ドアをあけて中にはいると、ガラスごしに7名ほどの従業員が手作業で作成しているのが見える。

キノコ状の金属の型(インプラント外皮作成用)

 キノコ状の金属の型(上の写真・つまり傘の部分がインプラントの形をしている)が柄の根元を中心にして水車のようにゆっくりと回転しながら傘の部分だけが自動的にシリコン・エラストマー Elastomere de silicone(液状高分子シリコン)の入った浴槽のなかに浸かり、ゆっくりと出てくる。作業員は、出てきた型の柄の部分を手に持って回転板から取り外し、シリコン・エラストマーが均一に広がるように傾けて回し、ゆっくりと回転する丸い台の穴に柄の部分を差し込んで放置する。これでシリコンがさらに均一になる。

 表面がザラザラのテクスチャータイプのものは、シリコンがまだ柔らかいうちに手作業で塩を振りかけて作成していた。ユーロシリコン社のテクスチャータイプのバッグ(いわゆる"クリスタルバッグ")もそうであるが、塩を振りかけて物理的にテクスチャーを刻まれたバッグは「シェルが薄く弱くジェルが漏れやすい」という「日本美容外科学会」の寸評をおもい出した(ちなみにMentor社のテクスチャーはあらかじめコンピュータによって表面の凹凸がデザインされている)。

 シリコンが固まると型からはずして、クラゲの頭状のバッグが完成する。バッグの底にはまだ丸い穴(直径約30mm)が開いているので、そこへ同じくシリコンエラストマーで作成した直径約47mmのまだ柔らかいパッチを金属製の筒状のリング(下の写真・外径約47mm)を用いて強く押し当てて穴に封をする。ゼドン氏によると、この封印のテクニックが企業秘密とのこと。ここで初めて閉じたバッグの殻の部分が完成する。

パッチを封印するための金属製のリング

 さらにこのバッグのなかにCMCハイドロジェル Hydrogel-CMC (メチレンブルー methylene blueで青く着色されている→)を注入する。CMCハイドロジェルは、まるで家庭用の熱帯魚の水槽のような透明の容器に大量に作り置きされており、蛇口につながれたチューブを通じて注射器のなかに移し替えられ、気泡が入らないように注意深くバッグのなかへ注入される。ゼドン氏によるとCMCジェルの組成は、CMC(カルボキシ・メチル・セルロース)が3.7%、残りの96.3%が生理食塩水とのことであった。最後に、注射器で小さく開いてしまった針穴は同じくシリコン・エラストマーで封印される。

(註)メチレンブルーを使用している理由は「生産の過程で万一微生物が繁殖した場合、微生物の脱水素酵素の働きによってメチレンブルーが還元されて無色になる。つまり色の変化によっていち早く生産課程での感染をチェックできる」というのがゼドン氏の説明。ただし本当にごくわずかの感染でも無色になるのかはわたしには疑問。またメチレンブルー自体の安全性についても明確にされていない。いずれにせよここではメチレンブルーの一般的な「抗菌作用」を利用しているのだと考えればとりあえずは納得できる。

 完成したCMCジェルバッグは自前の大きな釜状の特殊なオートクレーブで約6時間かけて滅菌される(滅菌温度は最低130℃)。温度の立ち上がりと下降を緩やかにするためにこれだけの時間がかかるという。この滅菌法に関しても企業秘密であるらしい。「他社がCMCジェルバッグを作れないでいるのはこの滅菌のノウハウが無いからである」というのがゼドン氏の説明。一方、シリコンバッグの滅菌は通常のオートクレーブでかまわないので経費節減も兼ねてすべて外注しているとのことであった。

 こぢんまりとした工場の内部は、広い窓から明るい日差しが差し込み、さながら清潔な学校の理科室といった印象であった。

 見学後、ゼドン氏のオフィスで乳房インプラントについての詳細な説明を聞き、またわたしからも様々な質問をした。会話の要点を掻い摘んで示せば次のようになる。

1.2000年12月22日にAFSS (Agence Francaise de Securite Sanitaire、フランス公衆衛生安全局) によって出された販売停止の決定は、アリオン社の異議申し立てに従い、2002年6月29日、参事院 Conseil d'Etat により取り消された (仏文資料)。

2.アリオン社が現在生産している3種類のバッグ、すなわち生理食塩水バッグ、シリコンバッグ、CMCハイドロジェルバッグは、それぞれ2002年11月6日、2002年10月11日、2002年11月6日にCEマークを取得した(3年間有効)。

3.したがって上記3種類のバッグはいずれも「現在フランスで販売されている」。ただしイギリスでは依然として販売されていない。

4.「Arion社という小さな会社に対するAFSSの圧力は非常に強く」(ゼドン氏の表現)、現在もなお「全面的な認可に向けて弁護士を立てて係争中である」とのこと。

"主力商品"であるCMCハイドロジェルバッグを手にとってアピールするゼドン氏

日本だけで毎月約1200ペア(2400個)のCMCジェルバッグが売れているという

    

"新製品"コヒーシヴ・シリコンジェルバッグを半分に切り、断面を見せるゼドン氏。なるほど断面のシリコンは流れ出てこない。

様々な実験用のバッグ、他社製のバッグなどが無造作に置かれたゼドン氏の机

ゼドン氏が握っているうちにわたしの目の前で本当に破れてしまった(!)CMCハイドロジェルバッグ(左に飛び出てしまったジェルが見える)。

なお、右側の2つのバッグはいずれもCMCハイドロジェルバッグ。色の濃い方が最近(2003年2月)の製品 (メチレンブルーの濃度が上がっている?)

 ゼドン氏の説明では最後まで「販売されている etre commercialise」ということと「認可されている etre autorise」ということの違いが明確にはならなかった。確かに商業レベルにおいてはフランス市場に出回ってはいるが、厳格なフランス公衆衛生安全局はアリオン社が生産するインプラントの安全性に対して依然として疑いを持ち続けているのである。結局、肝心な論点「ハイドロジェル自体の体内における長期的な安全性については依然として疑問が残る」というわたしの主張に対して、ゼドン氏は科学論文等の客観的な証拠を提示し得ないまま「食品にも使われているのでハイドロジェルは安全」あるいは「もう9年も使っているが大きな事故は一例もない」等々の返答を繰り返すのみであった。もっともゼドン氏は科学者ではなく販売責任者なのであるから、わたしの質問がすこし専門的すぎたというのが真実であろう。

 何はともあれ、多忙な中、わたしを温かく迎え入れてくれ、しかも3時間近くにもわたって熱心に説明してくださったゼドン氏にあらためて深く感謝いたします。

Je voudrais remercier Monsieur Zedong de son meilleur accueil a ma visite. Docteur Fujita Hiroshi


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